2023年10月19日3 分
不定期連載とはしていたものの、初回から随分と時間が経ってしまった高級ビールのレヴュー企画。
ビールは相変わらず飲んでいたのだが、なぜかそこまで心を揺さぶられるものに巡り合わなかったり、最高に美味しいと思ったものが生ビールで写真が撮れなかったりと、どうにも歯車が噛み合わなかった。
今回久々にご紹介するビールとは、その出会いも含めて、思い出が色々と詰まっている。
小田原で諸用済ませ、帰路に着こうとした時、自らの疲弊ぶりを痛感した私は、「どれ、湯治でもして帰ろうか。」と思い立った。
箱根の方が近かったが、観光客の渦に飲み込まれる気にもなれなかったので、少し寂れた(申し訳ない!)湯河原へ行くことにした。
見知らぬ地に行くと、食事処と地ビールを真っ先に探すのが私のルーティーン。
湯河原の酒屋に立ち寄り、地ビールの棚を眺めていると、鮮烈にポップなラベルのビールが目についた。
Humans Beer。知らないブリュワリーだった。
奥湯河原までバスに揺られ、趣のある温泉旅館に辿り着いた頃には、もう一歩も動きたくないほど疲れていたので、買ったばかりのHumans Beerを早速抜栓して、いかにも古い旅館という感じの小さなビールコップに注いだ。
まずはアロマをチェックして、などという丁寧なテイスティングはするわけもなく、勢いよく飲み込んだのだが、その瞬間、鈍い頭が完全に覚醒してしまった。
美味い、なんという美味さだ!と。
私は数多くあるビールカテゴリーの中でも、IPA、サワーエール、ランビックの3種が特に好きなのだが、日本で造られるIPAには、がっかりすることの方が圧倒的に多かった。
大多数の日本産IPAは、使用したホップのフレイヴァーに対するアルコール濃度の調整が甘く、なんとも中途半端でガッツが無い味わいだ。
特に、海外では「ダンク」と呼ばれる、奥深く甘いホップ香が、とにかく物足りない。
日本人らしい味わい、と言えばそれまでなのだが、私はIPAに対しては繊細なバランス感覚よりも、インパクトと飲みごたえを求めてしまう。
そう、その物足りなさが、Humans Beerには皆無だったのだ。
幸いまだ館内着に着替えてはいなかったので、急いで酒屋まで戻り、販売していたHumans Beerを買い漁った。
どれを飲んでも最高に美味い。
Humans Beerの味わいは、クラフトビールの聖地と言われるアメリカ・オレゴン州ポートランドや、カナダのバンクーバー辺りで造られる最高峰のクラフトと比べても、全く時差を感じ無い、とてつもなく素晴らしいものだった。
それらの海外産トップクラフトビールが、日本に輸入されると小瓶でも一本1,500円を超えてくる中で、Humans Beerは600~700円代。
もう、最高のIPAを求めて、財布の紐を緩める必要は無くなった。
湯治のために湯河原へ来た私が、スタッフにHumans Beerへのアポ取りをすぐに指示したことは言うまでもない。
後にブリュワリー(正確な場所は、隣駅の真鶴)を訪問した際には、素敵なカナダ人ファミリーが出迎えてくれた。
父と長男は醸造、長女はマーケティング、次女はデザイン担当と、まさに家族経営のマイクロブリュワリー。
ラインナップの大半はIPAだが、スタンダードタイプ、DDH(ダブル・ドライ・ホップド)、TDH(トリプル・ドライ・ホップド)と造り分け、Hazy(濁り)としてリリースしているものも多い。
使用しているホップとその配合具合によって、コンマ単位のアルコール濃度調整をするほどの徹底したこだわりが光る。
国産IPAでは滅多に体感できない、最高の「ダンク」を、ぜひ味わってみていただきたい。