2023年6月28日12 分

アルゼンチン テロワールと品種の探求(後編)

前編の最後にお見せしたこの写真から、後編を始めようと思う。

アルゼンチンの今の品種の多様性を端的に表しているこの写真だが、実はそれに留まらない。全てウコ・ヴァレーのワインだが、品種名の下にはその生産地区の名前が書かれているところに注目してほしい。

セミヨン(トゥプンガト)、シュナン・ブラン(ビスタ・フローレス)、ソーヴィニヨン・ブラン(トゥプンガト)、アルバリーニョ(サン・パブロ)、ベルデホ(サン・パブロ)、カベルネ・フラン(サン・パブロ)。

これが今のアルゼンチンを表すもう一つの多様性、つまりテロワールである。

アルゼンチンのワインにテロワールを感じたことがあるだろうか?

メンドーサはどこでも一緒だと思っていないか?

ウコ・ヴァレーの名前を聞くことはあっても、その特徴とはなんだろうか?

そして、アルゼンチンにグラン・クリュは存在するのだろうか?

メンドーサ

前編でも説明したようにアルゼンチンは4つの産地に大別されるが、最も重要な産地はクヨだ。なぜか。

単純な理由である。アルゼンチンのブドウ畑の95%がここにあるのだ。

さらにクヨはラ・リオハサン・フアンメンドーサと3つに分けられるが、クヨの畑の約80%がメンドーサにある。

つまり南米でも最大規模のワイン生産国であるアルゼンチンの、実に75%がメンドーサなのである。

この点において、アルゼンチン=メンドーサという認識は概ね正しい。そしてメンドーサのことを考えずに、アルゼンチンワインのことは分からないと言ってもいい。

(Wines of Argentina https://www.winesofargentina.org/)

メンドーサにあるブドウ畑の総面積は約149,000ha。

例えばフランス最大のワイン産地であるボルドーは約114,000haと、ボルドーを凌ぐ巨大産地である。

上記の図からは、標高の高さはなかなか読み取れないかもしれない。実際に現地に行ってみても、ひたすら平らな大地が続いているように錯覚してしまうのだが、実際はアンデス山脈の麓からなだらかな斜面が続いている産地で、現在の最高標高は約2,000m、最も低い地点で430mまで広がっている。この点で非常に多様であり、これだけ標高差がある産地は世界でも珍しい

産地の特徴を大まかに知るのに使われるアメリン&ウィンクラーの気候区分は、ソムリエやワインエキスパートを勉強した人なら覚えているかもしれない。どの品種がその産地に向くのか、大まかに産地を5つに大別したもので、最も暑い産地は酒精強化や生食用の生産に向き、最も涼しい産地はリースリングやピノ・ノワールに向く、というものだ。

メンドーサがこのうちどの品種に当てはまるかというと、実はこの5つ全てがメンドーサ内にあると言われる。大きな標高差が、大きな気候の違いを生んでいるのだ。つまり標高の低い東側は暑く、酒精強化や生食用ブドウに向き、標高の高い西側は冷涼で、リースリングやピノ・ノワールなどの生産も可能だということだ。(実際にメンドーサではこれらの品種も栽培されており、リースリングが約50ha、ピノ・ノワールに至っては約1,500haも栽培されている。)

一般的に標高が高いにも関わらず、メンドーサのワインはフルーツ感やタンニン、アルコールが強く、フルボディの赤ワインのイメージをもたれているが、これはこの標高差を前提に考えれば理解しやすい。つまり多くのワイン(特にマルベックやカベルネ・ソーヴィニヨン)は、実際はそれほど標高が高い地点で栽培されているわけではなく、それ故に力強い味わいになり得る。

さて、上記地図のようにメンドーサは下記の5産地に大別することができる。

1. ノース・メンドーサ

2. イースト・メンドーサ

3. サウス・メンドーサ

4. プリメイラ・ゾーナ

5. ウコ・ヴァレー

このうちアンデスから遠いノース・メンドーサ(575-710m)、イースト・メンドーサ(500-690m)、サウス・メンドーサ(430-885m)の3つの地区は、一般的には品質の上でそれほど注目に値するワインを生産しているわけではない。日常消費用のワイン用の産地であり、栽培品種もマルベックに限らず、ボナルダやクリオージャであることも珍しくない。

それに対し、長らくメンドーサで最も品質が高いとして注目されてきたのがプリメイラ・ゾーナ(615-1,300m)だ。東側のマイプ西側のルハン・デ・クージョの二つに分けられ、特に今ではより標高の高いルハン・デ・クージョが、良い品質のワインが造られるとして知られる

とはいえ巨大産地であるメンドーサであるので、ルハン・デ・クージョと言ってもまだ15,560haもあり、平均的な他国の一産地以上のサイズだ。ここだけで標高差も700m近くあるので、まだまだワインの特徴としてまとめるには難しい。

そのため、ルハン・デ・クージョは15の地区(ディストリクト)に更に分けられ、特に品質の面ではアグレロラス・コンプエルタスなどが挙げられる。この辺りにはカテナ・サパタ、スザーナ・バルボ、ノートン、ヴィーニャ・コボス、リチテッリ、プレンタ、シャンドンなど、枚挙にいとまがないほど著名ワイナリーが集中しており、メンドーサの中でも一等地として名高い。

そして5つの産地のうち、最もアンデスに近く、標高が高いのがウコ・ヴァレーだ。地図では860-1,610mとなっているが、今では2,000m近い場所までブドウ畑が拓かれているという。その標高の高さと土壌の特異性もあり、今最も注目される産地である。

アンデス山脈の麓にあり、畑に立つと巨大なアンデス山脈が壁のように連なっているのがよく分かる。元々はそれほど畑が広がっている産地ではなかったが、その標高と土壌の特異性に注目が集まり、この20年ほどで大きく飛躍してきた産地だ。

とはいえ、現地に行くとまだまだ荒野のままで残された土地も多い。これは投資が進んでいないわけではなく、灌漑の権利を得るのが非常に難しいことが理由として挙げられる。メンドーサは非常に乾燥しているのでブドウ栽培に灌漑が必須だ。川から引くにしろ井戸を掘るにしろ、主にアンデスの雪解け水を灌漑に使用しているが、昨今の気候変動の影響もあり無尽蔵に灌漑が行えるというわけではない。この点でアンデスの反対側のチリよりは問題はまだ大きくないように見受けられたが、とはいえこのウコ・ヴァレーを全て畑にするほど余裕があるわけでは、もちろんないのである。

(Wines of Argentina https://www.winesofargentina.org/)

さて、ウコ・ヴァレーもまた広い。16,050ha。先ずは3つに大別される。北からトゥプンガト、トゥヌヤン、サン・カルロス。ここに来てやっと冒頭のズッカルディのラベルにあった名前に少したどり着いた。

メンドーサのワインショップに行くと、棚にはもはや「ウコ・ヴァレー」とは書かれていないことがほとんどだ。代わりにパラへ・アルタミラグアルタジャリービスタ・フローレスロス・カチャヤスといったより小さな地区によって細かく分けられている。今、メンドーサで最も注目されているのが、このウコの小地区の違いなのである。

数ある地区の中でも、現在のところ最も可能性があるとされているのがトゥプンガトのグアルタジャリーサン・カルロスのパラへ・アルタミラだ。

グアルタジャリーは、元々別荘地として分譲された過去をもつ。そのため今でもゴルフ場やポロ場の看板や跡地が残されているが、今や見渡す限りブドウ畑が広がる。別荘が立つはずだった場所だけ空き地として残されていることもあり、少し不思議な光景だ。

この場所に早くから注目してきたワイナリーとして挙げられるのは、やはりカテナ・サパタだろう。カテナは小地区の名前よりも、自社の畑の名前を前面に押し出すために日本ではそれほど知られていないと思うが、ワイナリーを代表する畑として著名なアドリアンナ・ヴィンヤードはこのグアルタジャリーに位置している。

(https://catenazapata.com/)

今のメンドーサがどのような方向に進んでいるのかを考えるのに、この畑ほど適した題材もない。カテナはメンドーサで最も涼しい場所にブドウを植えたいという気持ちから、この畑を1992年に拓いたというが、ここはアメリン&ウィンクラーの気候区分では1または2、つまりブルゴーニュにマルベックやカベルネ・ソーヴィニヨンを植えるようなものだったという。

チャレンジングな選択ではあったが、結果はより標高の低い畑と比べ、ミネラル感と酸に富み、アルコールも13%台と低く、タンニンも強いワインが生まれた。

また、ウコ・ヴァレーを語るときに、興味深いのはその土壌だ。火成岩が主となるが、アンデスから流れた川の跡が所々にあり、そこにはアンデス山脈から流されてきた丸い石灰岩が堆積している。これらの川は今では存在していないのだが、そのために水に含まれていた石灰質が堆積したり、火成岩などの表面に残り石を真っ白に染めたりしていることがある。

表土を見ただけでは分からないが、実は土壌が非常に多様で、10m離れた地点でも全く異なるということがあり得る。

そのためカテナでは、アドリアンナ・ヴィンヤードの中でも特に特徴のあるプロットから、特別なマルベックを3つ(ムンドゥス・バシユス・テラエフォルトゥーナ・テラエリヴァー)、シャルドネを2つ(ホワイト・ストーンズホワイト・ボーンズ)分けてリリースしている。

つまりカテナの例で、テロワールの範囲を広い順に並べると、『メンドーサ>ウコ・ヴァレー>トゥプンガト>グアルタジャリー>アドリアンナ・ヴィンヤード>ムンドゥス・バシユス・テラエ・プロット』となる。

広大なメンドーサの中でも、これだけ特徴やクオリティによって畑が細分化されつつあるのだ。

実際に、グアルタジャリーにも約2,000haの畑があるが、これも土壌などの特徴によって大まかに5つに分けられるという話も聞いた。いわゆるニューワールドの産地の中で、これだけそのテロワールに目を向けている産地も珍しいのではないだろうか。

もう一つの注目産地であるサン・カルロスのパラへ・アルタミラでは、ズッカルディが同様に3つの畑(ピエドラ・インフィニタ、カナル・ウコ、ロス・メンブリーリョス)を有している。その中でも特に看板畑として名高いのがピエドラ・インフィニタだ。その名前の通り(ピエドラ・インフィニタ=無限の石)、パラへ・アルタミラを特徴づけるのは元々川だったことからくる大量の丸い石。しかも石灰質が堆積しており、場所によっては掘ると真っ白なほどの土壌である。

ズッカルディでも42haあるこの畑の土壌調査を綿密に行い、特に優れたプロットからスペルカルグラバスカルという2つのスペシャルキュヴェをリリースしている。この二つはそれぞれ一度ずつWine Advocateで100点を獲得しており、正に現代のアルゼンチンを代表するワインだ。

パラへ・アルタミラについては、もう一つ触れておきたい畑がある。

それがアルトス・ラス・オルミガスの、ジャルディン・デ・オルミガスだ。この畑の特異性は、写真を見ていただければ一目瞭然。

アルゼンチンに限らず、世界中の多くの畑は作業効率の面から四角に近い形をしている。比較的新しく畑を拓いたニューワールドの産地なら尚更だ。しかしこの畑は、綿密な土壌調査の上、土壌によってブロックを分けている。畑の形はその下の土壌の違いが現れているのだ。

これは、メンドーサが灌漑の必要な産地であることも深く関係している。土壌の違いは保水力の違いを生む。そのため土壌の違いを考えずに拓かれた畑を灌漑すると、どうしても水の足りない箇所や水が多すぎる部分が生まれてしまう。土壌によってブロックを分けることで、全てに適切な灌漑が行えることも大きなメリットとなる。

こちらもブロック分けしたものから、新しく単一ブロックのものがリリースされた。ロス・アマンテスという名前のトップキュヴェは、最新のティム・アトキンで100点を獲得している。

ズッカルディのピエドラ・インフィニタが2009年の植樹、アルトス・ラス・オルミガスのジャルディン・デ・オルミガスが2015年頃なので、こういった動きはほんの近年のことだ。そして結果は劇的と言える。メンドーサのマイクロ・テロワールの探求はこれからも大きく前進し、その先にあるのは更なるグラン・クリュの発見となるだろう。

さて、このようにテロワールの表現にアルゼンチンが向かう上でもう一つ忘れてはいけない点がある。それはワインメイキングだ。

アルゼンチンでも、先日行われたVinexpo Singaporeでもアルゼンチンワインを集中的にテイスティングしたが、はっきり申し上げておきたい。ほとんどのワインは、強い新樽のニュアンスも、過熟した甘いフルーツの香りも、強すぎるアルコール感も、もうない。多くの生産者は、それは既に昔のスタイルだとはっきりと言う。

代わりにあるのはであり、フレッシュ感である。もちろんマルベックが突然軽いワインになるわけでは基本的にないし、アルコールも多くのワインは13.5%前後だが、従来のぼってりとした味わいのイメージを未だに持っているのなら、それは改めるべきだ。

実際にこういったテロワール重視のワインを飲むと、従来のアルゼンチンのマルベックとは全く異なった味わいに驚かされる。従来のスタイルがボルドーやナパ・ヴァレーを指向していたと言うなら、今のスタイルはより北ローヌやピエモンテ的だ。実際にこういったマルベックに似たワインとして思い浮かぶのは、北ローヌのシラーやピエモンテのネッビオーロ、オーストリアのブラウフランキッシュやスペインのガルナッチャ、そしてメンシアなどだ。それまでのスタイルと如何に大きな違いがあるのか、よく分かっていただけるのではないかと思う。

テロワールの表現に向かう上で、ワインメイキングがその特徴を覆い隠すようなことがあるのは道理が通らない。例えば新樽やバリックの使用が減っている。アルゼンチンのワイナリーで今よく目にするのは、コンクリートタンクの使用だ。また、ワイナリーによってはフードルやアンフォラなども一般的である。

そしてマルベックについては全房の使用も目につく。ボルドー系品種で全房というのはやや意外に思われるかもしれないが、上記したようにシラーやガルナッチャなどを思い浮かべてもらえれば理解いただけるのではないだろうか。メンドーサの気候によるものだと思うが、経験上、全房を使っていても独特の青さや硬さを感じるワインはほとんどない。マルベックに複雑さを与えるという意味で、今後さらに注目されるポイントだと思う。

アルゼンチンは遠い。故にこういったアルゼンチンワインの新しい萌芽は、まだ日本でほとんど知られていないに等しい。実際にこういったワインの日本への輸入も非常に限られているのが現状だ。

しかし実際は、従来のイメージから脱却し、今世界の産地の中でも最も面白い動きを始めていると言ってもいい。巨大産地アルゼンチンが本当に眠りから醒めたら、どのようなワインが現れてくるだろうか。楽しみでならない。

<プロフィール>

別府 岳則 / Takenori Beppu

Wine in Motion代表

WSET®Level 4 Diploma

オーストリアワイン大使(Austrian Wine Marketing Board)

ポートワイン・コンフラリア カヴァレイロ (Institute dos Vinhos do Douro e Porto)

International Personality of the Year 2018 (ViniPortugal)

Award of Excellence (Austrian Wine Marketing Board)

J.S.A.認定ソムリエ

レストラン、インポーター、ワインショップを経て独立。

海外ワイン協会や生産者の様々なプロモーションに携わる。

プロフェッショナル向け、ワインラバー向けのセミナーやウェビナーも多数。