2022年10月19日4 分

Advanced Académie <26> テロワールとワイン vol.2 酸

「テロワール」が実際にワインに対してどのような影響を及ぼすのかを検証していくシリーズの第二弾となる。

このような検証を行う際に最も気をつけるべきなのは、ワインという飲み物は様々な要因が極めて複雑に関係性を築きながら最終的な形へと繋がっていくという、紛れもない事実である。

つまり、ただ一つの要因だけを抜き出して、「結果」と結びつけてしまった場合、往々にして不正解となるということだ。

第二回となる本稿では、ワインの酸とテロワールの関係性を探っていく。

酸とテロワールの関連性に関しては、あらゆる種類のワインに当てはまるため、対象は文字通り「全て」となる。

葡萄に含まれる酸は主に2種類あるが、それぞれ役割が大きく異なっている。

酒石酸は、最終的には味わいにも影響を及ぼすが、その主な役割は発酵時の化学的安定性を高めることと、色調を安定させることにある。葡萄を原料としたワインが、膨大な淘汰をくぐり抜けて果実醸造酒の王者となった理由は、まさに酒石酸にある。ほとんどの植物や果実には極微量しか含まれないこの有機酸が、葡萄には多く含まれていることから、世界中のあらゆる場所で、ワインを安定して醸造することができたのだ。酒石酸のもう一つの特徴としては、完熟後にもある程度維持されるという点が挙げられる。この特性が故に、温暖地でも基本的には問題なくワインが造れるのだ。酒石酸量は土壌タイプによっても変動するため、テロワールと無縁では無いが、葡萄品種によっても大きく異なってしまうため、このテーマにおいては、関連性が低いとしておいた方が理解しやすいだろう。余談だが、ワインを冷蔵庫等に長期間保存した際に生じるクリスタル状の沈殿物は、結晶化した酒石酸であり、完全に無害なものである。

もう一つのリンゴ酸は、より味わいに直結した酸となる。葡萄に含まれるリンゴ酸は熟し始める直前にピークポイントがあり、熟度が高まると急速に落ちていく性質がある(逆に糖度は上がり続ける)が、リンゴ酸の喪失は温かい環境でより加速するため、葡萄が熟すタイミングですでに涼しくなるような場所では、酸が落ちにくい。一般的にテロワールと紐付けられる酸はリンゴ酸の方であり、このリンゴ酸の特性故に、葡萄の成熟スピードが遅い(糖度が上がるタイミングが遅い)冷涼地では必然的に酸度の高い葡萄が収穫しやすくなる。

冷涼地のワインが、一般的にアルコール濃度が低く、酸度が高い理由はまさにここにあるが、品種によってもブレ幅が大きいため、あくまでも同品種を他産地間で比較した時の判断材料とすべき。

一方で、温暖地のワインが必ず酸度の低いワインとなるかというと、決してそのようなことはない。温暖地であっても、ワイン造りに適しているとされる場所では昼夜の寒暖差がしっかりとある(一般的な範疇で10度〜20度程度の寒暖差)ケースがかなり多い。その場合は、夜から朝にかけて葡萄がしっかりと休息を取ることによって、酸度が高い水準で長期間保持される。

寒暖差の大きい温暖地のワインに、高いアルコール濃度とやや高い酸度が共存したワインが多数見受けられる理由はここにある。

ただし、マロラクティック発酵を行った場合、リンゴ酸が乳酸へと変化するため、必ずしも最終的なワインにテロワール由来のリンゴ酸がはっきりと残るとは限らない。

醸造時の「補酸」は安定性のために酒石酸を加えることが一般的だが、リンゴ酸や稀にクエン酸(柑橘系の味わいが入ってしまう)も使用される。リンゴ酸の使用頻度が低い理由は、その役割や性質の問題以上に、「テロワールを捻じ曲げる」という考えがあってのこと。テロワールに忠実な良識あるワインメーカーは、リンゴ酸やクエン酸を(最悪な状況でも起こらない限り)添加するようなことはしないものだ。

また、葡萄畑でも栽培のマネージメントによって、ある程度ではあるが酸度の調整は可能となる。酸度を高く保つ(他の目的も並行していることも多いが)ために、あえて収量を多くして成熟スピードを緩めることもあれば、その逆も当然ある。

まとめると、ワインの酸(特にリンゴ酸)とテロワールの間には深い関係性が認められるものの、栽培、醸造において調整可能な余地が多々残されているため、過信は禁物と考えておくべきということになる。

赤ワインの場合は基本的にマロラクティック発酵を行うため、(条件が一致することから)より酸とテロワールを結びつけやすいが、白ワインの場合はマロラクティック発酵の有無はスタイル面での選択という側面が強いため、リンゴ酸を直接的にテロワールと結びつけるのは難しい。

赤ワインにおける酸とテロワールの関係性を実際に検証する場合は、比較的酸度が高く世界各地で栽培されているピノ・ノワールなどを、酸とアルコール濃度の両方から検証するとわかりやすいだろう。