2022年3月18日3 分
農薬は近代農業と共に発展し、ワイン産業もまた、近代は農薬と共に歩んできた。
農薬という言葉そのものは、実は対象範囲が広く、一般的にイメージされる化学合成農薬にとどまらず、天然由来のものも含まれる。
そのような範囲で農薬を定義するなら、農業と農薬の関係は非常に古い。
例えば、古代ローマや古代ギリシャでは、様々な植物の煮汁や、ワイン、オリーブオイルの搾りかすなども、農薬的な使われ方をされていたと考えられている。
また、紀元前1,000年ごろの技術とされ、その後約2,500年もの間、害虫駆除のために用いられてきたのは、硫黄を燃やす、燻煙法だ。
ワイン造りとも馴染みの深い硫黄は、農業においても、最古の農薬と考えられている。
18世紀後半には、フランスでタバコ粉が害虫駆除に用いられたり、日本の九州地方では鯨油を水田に注いで、害虫を駆除していた記憶なども残っている。
1800年頃には、コーカサス地方で、除虫菊の粉やデリスの根を害虫駆除に用いるようになった。
19世紀には、ワイン造りとも馴染みの深い病害や、それらに対応した農薬が登場してくる。
うどんこ病(当時の対象は葡萄ではなく、桃)には石灰硫黄合剤が、葡萄のベト病に対しては、ボルドー液として現在でも世界中で使用されている硫酸銅と石灰の混合物が、開発された。
この時代までに開発された農薬のほとんどは、天然物や無機物を原料としたものであり、現在のオーガニック認証、ビオディナミ認証でも使用が認められているものが多い。
別の言い方をすれば、見方によれば、「農薬として認識されていない」とも言えるだろう。
このような認識が生まれた背景には、1930年代から始まった化学合成農薬の登場がある。
1938年にはDDTがスイスで、1941年から1942年にかけては、イギリスとフランスでBHCが、1944年にはドイツでパラチオンが、強力な殺虫活性をもつ成分として発見され、1934年にはアメリカでジチオカーバメートが、1944年にはイギリスで2,4-PAが
強力な殺菌活性をもつ成分として発見された。
これらの化学合成農薬が世界各地に普及したのは、第二次世界大戦後。現在ではほぼ無条件に非難の対象となる化学合成農薬だが、戦後の食糧危機を救ったという功績は、忘れるべきではないだろう。
少なくとも、これらの開発者は、悪意ではなく、善意でもって、新たな農薬を普及させたのだろう。(もちろん、緑の革命に絡んだ、化学肥料とセットにしたビジネス的側面もあるが)
簡潔にまとめると、天然物由来の農薬の歴史は非常に古く、化学合成農薬の歴史は100年足らずといったところだ。
オーガニックというパワーワードは、ビジネスやコマーシャルのツールとしても利用されている。
ワインでも同じだ。
○00年間、無農薬。といったキャッチコピーを世界各国のワインで見かけるが、果たしてどちらの農薬のことを言っているのだろうかと、疑問に思うことが多々ある。
ボルドー液も含めて、一切使ってこなかったのであれば、それはすごいことだと思うが、無農薬という言葉が、化学合成農薬のことを意味しているのであれば、100年間以上の無農薬アピールは、大嘘ということになるのではないだろうか。