2022年1月7日4 分

Advanced Académie <18> 葡萄畑の方角

太陽は、赤道上を東から昇り西へと沈む。赤道よりも北では、太陽は常に南側にあり、赤道よりも南では、常に北側にある。この当たり前の自然現象が、ワインの世界ではとても大きな意味をもつ。そう、葡萄畑の斜面の方角だ。

北半球のワイン伝統国では長年に渡って、真南を中心とした90度の範囲、つまり南西から南東向きの斜面が良い南半球では南北が逆になる)とされてきた。南東向きの斜面は、昼夜の寒暖差が大きい地域では特に効力を発揮する。日が昇るとすぐに朝露や霜を払い、葡萄が太陽光を吸収する体制を整えてくれるからだ。

では、南西側の斜面はどうだろうか。日当たりのことだけを考えれば、東でも西でも一緒のように思えるかも知れないが、実は大きな違いがある。

その違いが生まれる理由は、植物が光合成を活発に行う時間帯にあるのだ。

植物には、朝から午前中にたっぷりと光合成をして、午後はのんびりする、という性質がある。つまり、植物が西日を受ける午後の時間帯には、既に光合成は随分とスローペースになっているため、太陽エネルギーを処理しきれずに、水分だけがどんどん失われていってしまう。

これらの要素から、伝統的に(北半球では)南東向きの斜面が最上北西向きの斜面が最低とされてきた。

(写真:東京に降り積もった雪。東と南側の雪から先に溶けている)

しかし、たった一つの理論で全てが語れるほど、ワインの世界は単純ではない

実際には、平均気温、品種、目指すワインのスタイル、といった様々な変数が複雑に絡んでくるのだ。

例えばフランス・南ローヌ地方のような産地では、平均気温が高く、温暖化の影響もシビア。この地方の伝統品種であるグルナッシュやシラーは、光合成をし過ぎるとどんどん糖度が上がって、いとも簡単に高アルコール濃度のワインになってしまう。また、糖度が上がるスピードが早すぎると、ポリフェノール類の成熟が追いつかず、野暮ったい味わいにもなりがちだ。このような地域で、アルコールを抑制しつつ、バランスの取れたワインを造りたいのであれば、南東向き斜面が最上とは決して言い切れない

特に温暖化の影響は、世界各国の産地を直撃しているため、南ローヌのような例が続出しているのだ。

数十年先の未来を見据えて、先見の明に満ちた北半球の造り手たちは、より緯度が高く、標高が高く、場合によっては北東向きの斜面にある葡萄畑を積極的に探している。ノルウェーのように、かつての常識では寒すぎた国に、あえて進出した造り手もいる。

ここで一つ、長年のワインファンにとっては、重大で深刻な問題が浮かび上がってくる。

フランスでもイタリアでもスペインでも、いわゆる「グラン・クリュ」と呼ばれる畑は、ほぼ例外なく南向き90度範囲の斜面に位置している。絶対的な存在として、揺るぎないように思えたグラン・クリュの価値が、緩やかに、しかし着実に、崩れ始めているのだ。

この「序列の変化」は、情熱的なワインファンにとって、そう簡単に受け入れられることではない。特級畑モンラッシェは、常に全てのシャルドネの頂点でなければならない。多くのワインファンが、一心にそう願っているのだ。しかし、現実は残酷である。既に現時点で、(筆者の価値判断基準からすると)モンラッシェよりもシュヴァリエ・モンラッシェの方が優れたワインが多くなったと感じているし、バタール・モンラッシェからはフィネスが消え去りつつあるようにも思える。

今から30年後には、ブルゴーニュで最も優れたピノ・ノワールの畑はロマネ・コンティではなく、マルサネのどこかにあるかも知れない。

もちろん、そうなったら悲しい。絶望的なほど悲しい。

環境保全に無関心な人が多いのは承知している。あまりにもスケールが大きく、どうしても他人事に思えてしまう気持ちも理解できる。

しかし、ワインファンなら、こう考えてみても良いかも知れない。

ロマネ・コンティに、ロマネ・コンティであり続けて欲しいのなら、

モンラッシェこそが白ワインの王だと語り続けたいのなら、

シャトー・ラフィット=ロートシルトこそボルドーの最上と信じ続けたいのなら、

最上のバローロを求めて、カンヌビと冠されたワインを探す楽しさを忘れたくないのなら、

地球温暖化は、阻止しなければならない。

オーガニックも、SDGsも、回り回って、我々ワインファンが大切にしてきた価値観を、守ってくれるのだ。