2021年8月10日3 分

Advanced Académie <11> ミネラルの香り

最終更新: 2021年11月5日

「ミネラルの味」で述べた通り、ミネラルの味わい、もしくは味わいのようなもの、は消去法的なテイスティングによって、探し当てることができる。

では、香りの場合はどうだろうか?

基本的に無味無臭であるはずのミネラルの香りの正体とは?

火打ち石、チョーク、貝殻、鉛筆の芯、インク、濡れた土、岩塩、血(鉄分)。一般的に香りとしての「ミネラル感」を表現するこれらの正体は、ほぼ全てが揮発性硫黄化合物チオール化合物で説明がつくと考えられている。

ワインに最終的にそれらの香りをもたらす要因は、いくつか判明している。

うどんこ病の予防に使用される硫黄粉剤と、醸造時に酸化防止剤や抗菌、殺菌剤として使用される亜硫酸は、ワインに含まれる揮発性硫黄化合物との関連が指摘されている。

また、バトナージュ、シュール・リー、スキンコンタクトといった醸造手段は、チオール化合物の生成に関わっている。

一部のワインに含まれる炭酸ガスは、酸味と塩味を強調する性質から、これも「ミネラル感」と認識する人が一定数以上いる。

醸造学においても、ミネラルの香りをワインで表現したいのであれば、たっぷりと亜硫酸を入れ、しっかりとバトナージュをせよ、というのはもはや常識となりつつある。

つまり、大多数の人が「ミネラル感」と感じる、もしくは勘違いする要素は、人の手によっていとも簡単に作り出せてしまうということだ。

何ともロマンの無い話ではあるが、多くの経験豊かなワイン愛好家や専門家から、この科学的見地によって、ミネラルの香りに対する疑問が完全に消え去ることはないだろう。

我々の多くが、石灰質土壌の畑のワインにチョークの香りを、粘板岩土壌の畑のワインに濡れた石の香りを、火山性土壌の畑のワインに薫香を、鉄分を多く含む赤色粘土質土壌の畑のワインに血や鉛筆の芯の香りを感じたことがあるはずだ。

これらの経験を、「思い込み」による誘導的なものだと断ずるのは簡単なことだが、チョークの香りを強く感じたワインの土壌を調べたら石灰質であった、という逆方向の経験も、筆者は幾度となくしている。

ミネラルの香りは、本当にテロワールと全く関係がないのだろうか?

その疑問の答えは、酵母の働きにある可能性が高い。

地中に含まれる特定の栄養素が不足している場合、ワインの発酵に関わる酵母が、揮発性硫黄化合物をより多く生成することがわかっているのだ。このことはつまり、石灰質の痩せた土壌で造られたワインから、チョークらしき香りがすることがある、という実際の現象の科学的根拠ともなり得る(必ずしもそうだとは限らないが)のではないだろうか?

特定の栄養素と、特定の揮発性硫黄化合物の直接的な関連がより詳細に判明すれば、ミネラルの香りという、謎めいた存在の本当の正体が、分かるかも知れない。