2023年4月8日9 分

生まれ変わるドイツ [New German Wine Law]

伝統的な文化やしきたりを守る事に人間は固執する。

「日本古来の伝統を守る。」 

「先祖代々そうしてきたからそれに従う。」

我々日本人もそれが好きな人種である。

「伝統に背く。」 

「新しく何かを変えよう。」

と運動を起こすと、他方から強制の圧力が強くかかるのは必然といえる。

ワインの法律に対しても、勿論それは例外ではない。特に歴史ある生産国程、様々な障害や問題が付き纏う。

ある国で今正にその伝統へ正面から向き合い、国を挙げて一新しようとする大きな動きが見られる。

それは国民性を見ても勤勉でルールを遵守することに重きを置く、旧世界生産国ドイツである。

去年の8月末日、幸運にもドイツを訪れる機会に恵まれた。まだまだ日本も残暑を感じる夏の終わりだった。

今回はドイツ・ワインインスティテュート(DWI)が発足した、世界13か国共通の教育制度 German Wine Academyの、日本における運営オフィスWines of Germany様のご招待によりラインガウとラインヘッセンを巡るプログラム。

元々三年前にお声がけいただいた案件ではあったものの、コロナ禍もありなかなか決行には到らず、満を辞しての開催となった。

旧世界の中でも近年、世界的に注目を浴びているドイツではあるが、まだまだ日本国内では需要が伸び悩んでいる現状を耳にする。

今回は現地での自身の体験なども交えて、少しでもその魅力を発信しドイツワインの発展に貢献が出来ればと思っている。

改めてテーマはどうしようかと考えた際に、過去を振り返るとこのソムタイム原稿内でも、既にたくさんの方々がドイツワインの魅力や、多様性を発信してきた。

実際ドイツワインの今を語る上でトピックになりそうな面白い点は様々あると思う。

・各産地での団体による活動や若い世代の台頭、伝統との共存について。

・21世紀初頭のリースリング•ルネッサンスなどに始まり、世界的な人気品種の地位を確立しようとするリースリングの魅力を改めて掘り下げる。

・リースリング以外の白葡萄品種や特に今国内消費を伸ばしている赤ワインの現在のクオリティと可能性。(グローバル・ワーミングのもたらす影響など)

・国内最高峰のスパークリングワインであるSektの品質や新しいスタイルPét-Natの台頭。

・VDP(醸造所連盟)による活動の現在への影響。

・去年初リリースより20年を迎えた同団体の最上位辛口ワインの格付けである、Großes Gewächs(グローセス・ゲヴェクス 通称G.G.)の現在の品質について。

近年の動向一つを辿っても話題性には尽きないドイツだが、今回は前述した、国を挙げて移行に取り組んでいる新しいワイン法についてフォーカスを当ててみた。

元々ヨーロッパ諸外国の中でも、取り分け複雑なワイン法をもつこの国について書くことは、ハードルが高く感じるが、なるべく分かりやすく要点を押さえて書き綴れたらと思う。

この国でワイン法の改正は1971年の制定以来、実に50年ぶりとなる。

実際には2021年〜26年と5年間の長い移行期間を設けているので、まだ未確定箇所も多く、細かな変更点についは、今回は割愛させていただく。

先ず今回の法改正による主な目標として掲げられている事項で注目したいのが、以下の2点である。

・品質の透明性や「原産地呼称=品質」の保証。

・地理的呼称範囲が小さくなるほどに品質が高くなる制度に変える。

いずれもワインの品質や等級に対して、より明確化する事を目指している。

では従来のワイン法の改善すべき点とは何なのかを見ていきたい。

ドイツのワイン法にもお決まりの三段階品質ピラミッドがある。

同じような品質のヒエラルキーをもつヨーロッパ諸外国を例に、各層が占める割合をみてみると、通常どの国も総生産量の約9割近くを下層2つが占めている。イタリアの様に、実に約9割を最下層の「ヴィーノ・ダ・ターヴォラ」が占めているケースもあり、最上位層になるほど当然厳しい規定のもとにつくられ、全体の数パーセントにしか満たない。

ところが、ドイツを見てみるとこれが全く逆のケースとなる

下層のDeutscher-weinとLand weinを合わせても全体の5%にも満たないので、実際は市場の95%以上をクヴァリテーツヴァインとプレディカーツヴァインが占めているという事になる。

当然こうなると「原産地呼称=品質」の保証とはなりにくく、そもそもこれらの品質をどのように見分けてきたのだろうか?という疑問が生まれる。

ここでプレディカーツヴァインに対しては、皆様ご存知の特有の等級ヒエラルキーがある。

これは「葡萄の収穫時の果汁糖度の高さ」が基準となっており、等級が上に行くほど糖度の高い葡萄を収穫する為、発酵後も極甘口のワインとなる。

旧ワイン法で果汁糖度を基準にした等級しか作られなかったのは、寒冷地であるドイツでは当時、めったに葡萄が完熟しなかった為と言われている。以後半世紀が過ぎ、温暖化などにより気象条件も大きく変わった今、もはや機能しておらず、放置されていた問題点ともいえるだろう。

ここで更に生まれる疑問としては、

素晴らしい辛口ワインはどう評価したらよいのか?」という点である。

改定後も従来のプレディカーツヴァインの格付けは残るそう。その為、新しいワイン法では“クヴァリテーツヴァイン“というカテゴリーに、辛口の品質等級をしっかりつけることが最大の目標となる。

そこで今回改めてドイツで採用しようとしているのが、所謂ブルゴーニュ式をモデルとした畑に対する格付けである。

今までも単一畑(Einzellage)や集合畑(Grosslage)のような考え方はあったのだが、これが(特に集合畑が)実に消費者に対しては分かりにくいものであった。

これを改正する事で「地理的呼称範囲が小さくなるほど品質が高くなる」という原則の中で、ピラミッドの頂点でより高品質な畑のワインを絞り込む事が出来るのである。

改正後の等級ヒエラルキーも見ていきたい。

新しいワイン法ではこのクヴァリテーツヴァインが下から地方名(Anbaugebiet)、地域名(Region)、村名(Ort)、畑名(Lage)、のように段々と小範囲になるように設定されており、更に畑名Lageに関しては細分化され単一畑(Einzellage)→ 1級畑(Erstes Gewächs)→ 特級畑(Grosses Gewächs)に分けられる事になっている。

いよいよ法的なグランクリュや、プルミエクリュを取り入れる事になるドイツではあるが、現在まで辛口ワインを評価する指標が全くなかった訳ではない

ブドウ畑の格付けを推進し続ける高級ワインの生産者団体である、VDP (ファウ・デー・ペー)の存在である。既に名だたるワイナリーが約200社以上も加盟しており、国の法的な規制こそはないものの、独自の格付けを推進し確固たる地位と信頼を獲得している。

このような団体の活動が各地域にも様々な影響を与え、いよいよ全体の足並みを揃えようと国を挙げて動き出したのが今回の法改正への流れでもある。

実際は、旧階層の中でもクヴァリテーツヴァインがプレディカーツヴァインの生産量を上回った約20年前を転換期と見ると、生産者の中でも意識は着々と変わり始め、今日に至るまでに水面下での準備が進められていたとも捉えられるのではないだろうか。

今回の法改正は、皆が望むべくして到達する新たなスタートラインと言えるのかも知れない。

生産者の戸惑い

では、当事者となる生産者たちは、どう考えているのだろうか。

ラインガウの老舗アレンドルフを尋ねた際に現27代目当主、ウルリッヒ氏に新しいワイン法について聞いてみた。

これからはその原産地呼称の品質をより厳しく問われる為、フランスのテロワールの様にその地域「らしさ」が求められる事になる。特に今回の法改正では今まで曖昧だった村名の表記もしっかり取り入れられる為、今まで大まかに『醸造所ごとの違い』で見られていたが、その『村らしさ』をより重要視されることになるだろう。従来あまり語られる事のなかったテロワールの表現を求められていく事に、生産者自身も戸惑いがある様子ではあった

同じ村の中でもそれぞれ生産者が違った考えを持ち、一朝一夕で語れるものではない。しかしブルゴーニュでは多く語られるテロワールの表現に置き換えた際に、より「その地域らしさを映し出すのは何よりもドイツのリースリングである!」という主張も暫し耳にする。

シャルドネは上級なもの程樽をしっかりかけたり、醸造面での介入が多いが、リースリングは違う。地域性をよりピュアでナチュラルにそのワインという液体に表現するのだと。

もっともな意見でもあり、これからその法を元に長い年月をかけて築き上げていくのかもしれない。その頂は高く険しく複雑ではあるが、今後徐々に最上位の特級や一級等の等級化も進み、それぞれのテロワールがそのアイデンティティとして語られるような未来を想像するとワクワクして堪らない。

時代に逆行していた時間を取り戻すかのように、大きな転換を迎えようとしているドイツの今後からは、目が離せない。

最後にアレンドルフの現当主ウルリッヒ氏の素敵なスマイルと素晴らしい赤ワインを紹介して結びとしたい

ワイン名: アスマンスホイザー ヘレンベルク シュペートブルグンダー トロッケン G.G.

生産者:アレンドルフ

葡萄品種:シュペートブルグンダー(ピノ・ノワール)100%

生産国:ドイツ

生産地:ラインガウ地方

ヴィンテージ:2015

インポーター:都光

参考小売価格:¥11,600

下記はインポーター様資料より抜粋。

アレンドルフは700年以上の歴史を持つラインガウの老舗ワイナリー。

ドイツ有数の銘醸地ラインガウにて1 2 9 2年創業、700年以上の歴史を誇りラインガウに約75haものブドウ畑を所有する家族経営のワイナリーです。現当主ウルリッヒ氏が27代目となるそう。ブドウ果汁の特長によって、ワインメーカーのマックス(ウルリッヒ氏の甥)が味わいを判断し、醸造に使用する樽を決定するこだわりで、特に世界的な評価を獲得するシュペートブルグンダー(ピノ・ノワール)への注目が高まっています。

こちらのキュヴェはV.D.P.格付で辛口ワインの最高位に位置付けられるG.G。上品ながらもフレッシュさとピュアなミネラルを感じます。力強いボディでシルキーなタンニンも感じられ、長いフィニッシュが続く、アレンドルフの中でも稀少な1本です。

<プロフィール>

丸山 俊輔 / Shunsuke Maruyama

Restaurant Ryuzu

Chef Sommelier

1988年 埼玉生まれ。

2008年 都内のフレンチレストランでサービスとしてのキャリアをスタート。

2011年 ソムリエ資格を取得。

2014年 渡豪、二年間シドニーやメルボルンなどシティのレストランでソムリエとしての勤 務、南オーストラリア州のワイナリーで働く。

2016年 渡仏、パリの星付きレストランで一年間研鑽を積む

2017年 帰国後より現職。

オーストラリア、フランスと計三年間の海外滞在期間中は語学取得に励み、現地や近隣諸国のワイン産地、ワイナリー訪問などにも日々足を運ぶ。国内の食通のお客様のほか、海外からも毎日たくさんのゲストを迎えるRyuzuでは経験、スキルを活かし現在も日々研鑽中。

<Restaurant Ryuzu>

六本木交差点からほど近くにあるフレンチレストラン。オーナーシェフの飯塚隆太により2011年オープン。2013年よりミシュラン二つ星。